100年ふくしま。

vol.082 トトノエル gallery cafe 芳賀沼智香子さん

2024/03/06
vol.082 トトノエル gallery cafe 芳賀沼智香子さん

100-FUKUSHIMA Vol.082

トトノエル gallery cafe 芳賀沼智香子さん

大きな窓に明かりを点けたい

数年前、大通りから希望ケ丘団地に入るところに、板張り外壁の建物ができた。
とてもきれいな造りが目を惹き、これからここでどんなことがあるのだろうと思っていたが、近所の方に尋ねても、実際のところはわからないままだった。
その場所に明かりがあることを知ったのは、つい最近のことだ。
朝から混み入った打ち合わせがあった水曜日の昼過ぎ、食堂で昼食をとったところで向かいの小さな看板に作品展の案内を見つけ、入ってみようということになった。
中に入れば、白い静かな空間、中央のテーブルの向こうには福島の穏やかな景色を写した写真が並んでいた。
コーヒーを注文したのち、作品を観て回る。大きなスクリーンに映像と独唱が流れ、その時初めて「ヴォーカル・インプロヴィゼーション」というものを知った。
コーヒーを啜りながら、白い小さな空間で歌に耳を澄ましていた。
気づけば朝の喧騒も忘れるほど、思いがけない時間に心落ち着かせてしまっていた。

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「この大きな窓に明かりを点けたいというのが始まりでした」
2021年にオープンしたトトノエル gallery cafe、オーナーの芳賀沼智香子さん。
ギャラリーは写真をメインとした展示と販売が行われ、カフェで一息つきながら作品を鑑賞することができる。芳賀沼さんが、2016年に建てられたこの場所について教えてくれた。
震災後、南会津町の「設計事務所はりゅうウッドスタジオ」の代表で、芳賀沼さんのご主人である芳賀沼整さんをはじめとした建築関係者の有志により建築技術を応用した復興を目指す「希望ケ丘プロジェクト」がスタートした。
この場所は、プロジェクトの拠点となり、復興住宅への木質工法の提案と小規模コミュニティモデルをコンセプトに、モデルハウスを含む移築可能な建築群が造られた。
「2016年にこの場所ができ、これから活動していこうという矢先の2019年に病で主人が亡くなりました。シャッターが降りたままになっていたこの場所をどうしていこうかと考えた時、私がここでギャラリーを始めることになりました。私たちはこれまでたくさんの人たちに支えられてきたので、お礼になることがしたかったのと、自分がそうであったようにアートが持つ喚起する力、気持ちを豊かにすることで救われることがあるということをここでやれたらなと、始まりました」
九州出身の芳賀沼さんは、東京のギャラリーで働いていた時に、仕事で来ていたご主人と出会い、結婚後、東京と南会津での生活が始まった。震災を機に芳賀沼さんは南会津に引越し、暮らすことになった。
「小規模都市モデルとして造られたこの場所には、住まいと集会所、働く場所、ギャラリーという設定がありました。普段、ギャラリーに行くことや作品を鑑賞するということがあまりない方でも、お茶を飲むことをきっかけに作品と出会ってもらう場所になればいいなとカフェを一緒にすることにしました」
この場所の思いをつなぐため、ギャラリーの名前は、ご主人のお名前、そしてカフェで心を整えて欲しいと「トトノエル」と名付けた。
カフェでは芳賀沼さんが、ハンドドリップでコーヒーを淹れてくれる。このカフェのために色々な方から勉強させてもらって淹れられるようになったコーヒーだ。

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トトノエルの空間に

5mの白い壁という限られた展示のスペース。作品のセレクトには、ここに展示したときに伝わるものであるかどうかが基準になる。
「写真作品をメインに、数は少なくてもコンセプトのしっかりとしたものにしています。あまり日常に馴染みがないギャラリーという場所、カフェにも魅力的なメニューがあるわけではないので運営には大変さがあります。大変ではあるけれど小さな写真展を重ねていくうちに、写真が好きな方、都内や遠方から足を運んで下さる方々がたくさんおり、助けてもらっていることを感じています。実際には主人のお兄さんたちが、一番この場所を応援してくれています」
トトノエル gallery cafeでは、作品の販売も行っている。
「郡山では写真集を手に取り、購入できる場所はまだ少ないと思います。品揃えは多くはないけれど、ここにくれば手にとって観ることができ、気に入れば購入もできるよう、ちょっとずつ写真集を置くことにしました」
トトノエルギャラリーの空間にはさまざまな制限がある。展示や販売を行う中で、作品名や金額を記したプレートをおかないなど一般的とされる要素をできるだけそぎ落として運営していることに魅力がある。それはここを訪れる人がこの場所を楽しむための想像力を刺激する。
「作家さんにもお客様にも助けてもらって、みなさんに支えてもらいながらやっています」

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復興住宅を造るにあたり、建築家ももっと二次産業と関わっていこうと
テーブル下には断熱に使用される木のチップが敷かれている。
調湿機能を持つこのチップは実際にこの建物に使用されている。

大きなテーブルを囲んで

ギャラリーの中央に大きなテーブルがある。そのテーブルを囲炉裏端みたいだとおっしゃるお客様がいるという。
「これまで主人は多くの設計に携わり、地元の方や有識者、さまざまな分野の方々を巻き込んでプロジェクトを進めるということをしてきました。そんな主人の人柄を感じられる場所にしたいと思って、内装を依頼しました。こうすることで知らないお客様同士が対角線上にお話をしたり、いろんな場が生まれるのを目にすることがあり、とてもいいなと思っています」
ギャラリーがオープンしてから、毎日足を運んでくれるご近所の方や、ここはなにをやっているのと細い入り口を見つけて来てくれる方がいる。
「近くの団地の方にも一息つく場所になってほしいなと思っています。いろんな方にいろんなことを教わりながら、人の役に立てるようになりたいと思っています。主人は本当に福島のことが好きで、たくさんの人にお世話になりました。ここが、お世話になった方々の役に立てる場所になればいいなと思っています」

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トトノエル gallery cafe
http://www.totonoel-gallery-cafe.jp/
福島県郡山市希望ケ丘1-2 希望ヶ丘プロジェクト内
024-901-9752
12:00-18:00 企画展により営業日が異なります
あり

2023.11.09 取材
文:yanai 写真:BUN

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