100年ふくしま。

vol.051 歯科医院美緒 園田正人さん

2020/01/23

051歯科医院美緒 園田正人さん

100-FUKUSHIMA Vol.051

歯科医院美緒 園田正人さん

訪問歯科を始めたのは

毎月楽しみにしている情報紙のコラムがある。
タイトルは「現代人は歯がいのち」。筆者は、郡山市で訪問歯科診療に力を注ぐ、歯科医院美緒の園田正人さん。
毎日の歯磨きが身体にどんな影響を与えているのか、訪問歯科診療でのできごと、最近の歯科に関する研究結果についても分かりやすく書かれ、読んでみて初めて知ることが多く、本当に驚いてしまう。
そのコラムで、園田さんが訪問歯科診療を始めたきっかけを語った回がある。
福島民友新聞社発行 こおりやまゆう4月号(2018/03/30発行)から一部抜粋してご紹介したい。

現代人は歯がいのち 50
僕が訪問歯科を始めたのは6年前程前になります。最初は『歯科へ通えない人の歯の治療』と思っていました。外来と同じ治療を家や施設で行うのだと…全く違いました。
口腔ケアの依頼が病院からあり、数日前から意識がないと申し送りされました。ところが意識がないはずなのに、口腔ケア終了後に『ありがとう』とかすれた声で言ったのです。驚きました。意識があったのです。その後、口から食べられるまで回復し『あの時は、口が乾燥して痛くて声が出せず、唾も飲めなかった。周りの話しは全部聞こえていたよ』と言われました。想像してみてください。意識はあるのに、身動きが取れず、痛くて苦しくても訴えることもできない。恐ろしくなりませんか?
その他にも、入れ歯を3年はずしていない、歯が自然に抜けて肺に入った、顎の骨が腐って落ちた等々、在宅での口腔に対する関心は低く、気づかれない不幸な事故を起こしていると感じ、事故の予防になればと訪問歯科を続けてきました。最近は関心も高まりましたが、歯科は専門性が高いので気づきにくいのが現状です。

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安定した在宅介護を続けていくために

「患者さんの口の環境を整えることは、本人の健康維持だけでなく、介護を行うご家族を助けることにもつながるのです」
人の役に立つ仕事をしようと歯科医を選んだ園田正人さん。総合病院の口腔外科に10年間勤務したのち、開業医として外来と訪問歯科診療を行っていた奥様とともに働くことになった。
園田さんは、両肩に大きなトートバッグ、両手に器材を持ち訪問診療に出る。
医師と歯科衛生士の二人の時もあれば、それぞれひとりで訪問することもある。
一週間で30名ほどの訪問を行い、園田さんが医院で外来を担当するのは金曜の午後のみ。
「訪問を始めたばかりの頃は、初めて見る口の中が多かったです。口の中に膜がはっている状態で、口を開いたまま眠っている患者さんがおり、こちらがえっと思ってしまう状況も、入院患者のいる病院では当たり前の光景で、その処置の仕方を調べて、これはやらなければいけないことだと思いました。口の中をきれいにした後、寝たきりの患者さんの顔の向き頭の位置を動かしていくと、次第に口が閉じるようになっていきます。そこからが治療のスタートになって、回復につながることもあるのです」
訪問歯科診療は、通院が難しい場合、だれでも依頼することができるが、歯科医院美緒では、地域のケアマネージャーから依頼を受け、通院が困難な高齢者や身体が不自由な方、要介護認定を受けている方を対象として、治療はもちろん口腔のケア、食支援を行っている。
在宅介護では、患者ひとりに対し、普段の生活はヘルパーが支え、全身の管理を看護士が、福祉用具は社会福祉士が、病気に関しては担当医師、口の中は歯科医が担当し、その管理は歯科衛生士が行う。その様々な職種の人たちを取りまとめるのがケアマネージャーの役割になる。ひとりの患者に対して、まず情報の共有が必要で、その連携によりひとりを支えることになる。
園田さんが訪問診療を始めてみてわかったのは、患者本人が痛みや不具合を訴えることがないということだった。
「認知症だったり、歳だからと諦めていたりして口の中のことは置き去りになっていくのです。もし腕に大きな傷ができていたら、周りも気づいて手当や病院に連れて行くなどしますよね。口の中で、歯が折れていても、傷があっても、本人が口を開けるまでは誰も見ないんですね」
園田さんのもとに依頼があるのは、自分で訴えることができる人、またはそばでその人を見てくれる人がいるからで、もっと劣悪な環境になっている人はいるはずだという。
「認知症の人は、口の中が痛くても、痛くないと言うし、歯がなくても噛めるという人がたくさんいます。痛かった、噛めなかったという事を忘れてしまうので治療につながらない事も多々あります」

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ただ、ここ何年かで訪問歯科診療の考え方や認知度は大きく変わってきているという。
「僕が訪問を始めた7年前は、外来と同じく歯の治療を在宅や施設で行い、歯磨きができていないから歯磨きをしましょうというくらいのスタンスでした。今は、食べることで栄養を維持していくことにシフトしてきたと思います。噛めるようになるだけで、栄養の吸収率が上がるので、寝たきりになる確率は格段に下がります。入れ歯や歯を治して維持できる人はそうやって、歯磨きをしないと維持できないので、歯磨きが出来ない方は衛生士やご家族のサポートが必要になります」
歯の維持が必要な人は、歯磨きなどで歯の維持を。噛むことが必要な人は入れ歯。噛めないけれど飲める人は、食べ物の形状を調整し、さらに油やタンパク質の粉をかけるなど、食べる量は同じでも栄養価だけをあげる食事の指導を行う。
「歯磨きをしないと歯茎に腫れがでてきます。磨くと血が出るのは潰瘍と一緒で、それがずっと口の中にあると熱を持ち、膿がでてきます。それだけで人はかなりのエネルギーを消費してしまいます。だから歯磨きを始めるだけで、同じ物を食べるだけで元気になっていくのです。体力が落ちてきたという時は、ケアから入らないと良くなるものも良くならない。それを見過ごして亡くなる方が本当に多くいらっしゃいます」
口腔ケアを行って自力で栄養の維持ができることで、要介護度の上がり方がゆるやかになることがあり、ご家族の負担を助けることにつながる。これから、在宅介護を安定してやっていくには歯科が必要だという医師、ケアマネージャーもまた増えてきている。

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終わりよければすべてよし。生きることは食べること。

「認知症について学ぶほどに、こちらが穏やかにその人のためにと進んでいかないと治療にならないということを感じています。自分が気忙しくしていると患者さんにも気持ちがうつるようなことがあるのです。その人のために時間が確保できる訪問の診療は、こちらもそのひとに集中ができ、やさしい気持ちでいるとありがとうと言ってもらえることが本当に有り難いです」
園田さんがお世話になった先生の言葉に「終わりよければすべてよし」という言葉がある。
「『最期の一ヶ月、食べたいものも食べられず、点滴だけで過ごして、その人生は終わりよしと言えますか。歯医者はそこをなんとかできる可能性があるんだよ』と言われ、すべてよしにできるのは歯医者、それができるんだったらと思ってやっています」
生きることは食べること。その逆も然り。食べることには美味しいと思う感情、記憶を伴うこともあり、そこには大きな喜びがある。在宅介護においてのそれは、そのひとを支えるご家族にも大きな安心を与えるものだ。
「今すぐ命に関わるというわけではないけれど、生活の質を上げていくのが、歯科なんです」

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今できる一番のこと

自分は臆病なんです、と園田さんは言う。
「臆病だから自分の腕や知識のなさで、本当は食べられる人なのに食べられなくなってしまうのは、すごく嫌です。だから自分が知っている一番いい方法でやろう、保険の範囲内でできること、入れ歯をつくるのにも手間暇掛けようと思う。そのとき自分が出来る事をしてそれで、患者さんにつくった入れ歯が使えなかったと言われるのなら後悔はない。後悔はしたくないです」
仕事ではいつも感情を挟まないけれど、思い出す度、泣きそうになることはたくさんある。
「頭ははっきりしているけれど、筋肉が動かなくなっている症状で、郡山から須賀川へ移って、一度診察を離れた患者さんでした。会いたいからまた来てと言われ、再び月に一度の訪問が始まりました。こんな遠くまで来てくれてありがとう、会えてよかったよ。話すことが難しく言葉にならない声で言われて、ああこの人は、こうした状況をわかっているんだよな、そう思ったらだめでしたね」
訪問歯科診療を行っている歯科医はまだまだ少ない。それ故に自分が訪問を断ったり、または断られた場合、次に診てくれる医師が必ずいるとは限らない。
「充分に医師が足りていて、自分よりももっと良く診て、その人を思ってやってくれるのなら良いのです。ただ、自分が患者さんの診療を受けるチャンスを減らしてはいけないと思っています」
在宅介護の日々は、患者本人、そのご家族、そのひとりを支える人たちの「今できる一番のこと」で支えられている。

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「訪問歯科診療では、いつも膝をついたかたちで診察治療を行うので、一年に何本もズボンをだめにしてしまいます」と園田さん

– – –
在宅療養支援歯科診療所
医療法人さぎりの会 歯科医院美緒 [ 一般・小児/口腔外科/顎顔面矯正/訪問歯科/食支援 ]
http://www.shikaiinmio.com/
福島県郡山市久留米6-53-5
024-946-8444
午前 9:00 – 13:00、午後 14:00 – 18:00
水曜、土曜午後・日曜・祝日
あり

2020.01.08 取材 文:yanai 写真:BUN

One thought on “vol.051 歯科医院美緒 園田正人さん

  1. 努力が実ってきましたね。今後のご活躍楽しみにしております。

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