100年ふくしま。

vol.074 サンユーニ/motone 根本潤さん

2022/08/23
vol.074 サンユーニ/motone 根本潤さん

100-FUKUSHIMA Vol.074

サンユーニ / motone 根本潤さん

ファクトリーブランドmotone[モートン]

丁寧な仕立て、袖の赤いリブが目を惹く、motone[モートン]の定番シャツ。
motoneとは、矢吹町の縫製工場、サンユーニが2012年に立ち上げたファクトリーブランドだ。
「長年縫製に携わってきた確かな技術を、もっと世の中に見て欲しいのです」
代表取締役の根本潤さんは、motoneの商品企画から、デザイン、販売までを担っている。
「自分が着たいと思う服を考え、シャツの袖、パンツの裾にリブをつけました。そうすることで、袖が落ちにくく、動きやすい、暮らしの中で役立つ服になりました。縫製には自信があるので、オンリーワンになれるはずだと思っています」
ご自身の苗字「nemoto」を入れ替えて命名された、「motone」。
motoneはどんな服なのか尋ねると「大衆のための服」という答えが返ってきた。
「作っている自分達も、日々、働き、暮らして、同じ日常を過ごしています。そうした日常で、どうやったらかっこよく生きていけるのかを考えています」

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縫製工場から、作り続けるためのアトリエへ

サンユーニは、根本さんのお父様で、現会長である根本昇さんが、1989年に創業した縫製加工業の会社だ。
船引町出身の根本昇さんは、小野町で縫製工場を始めたお兄さんに誘われて、5年ほど、縫製の技術と工場の経営について学び、その後、矢吹町で独立した。
二代目になる根本さんは、高校卒業後、東京で働き、音楽活動をしていたが、震災を機に家業を手伝うことを決め、ゼロから仕事を覚えてきた。
「子どもの頃は、工場が遊び場でしたが、入社するまで実際の仕事がどんなものなのかは知りませんでした。この仕事をやると決めてから親父に言われたのは『好きなようにやれ』という一言だけで、わからないなりに、自分で学んでいったのがよかったと思っています」
創業以来、サンユーニはメーカーからのシャツやブラウスの受注生産をメインに営んできた。
「震災後の工場はあまりいい状態ではありませんでした。アパレルに限らず、製造業の製販分離が進み、製造の部分が私たちの仕事で、シャツ1枚にかかる時間、糸代、人件費が工賃です。このような体制は、かつてモノが売れた時代は効率的で、互いに利益を上げることができましたが、今はそういう時代ではありません。しかし、この体制は、4、50年にわたり続いており、現在もほとんど変わらず、いかに安い工賃で請けるかという価格競争になっています」
現在、縫製スタッフは60代のベテランが主で、作業に見合わない価格での注文もあり、その中で、若い年代のスタッフや海外の実習生を育てていくことは難しかった。
「専門学校もあり、縫製を学ぶ学生もいますが、そのほとんどは企画やデザインといった仕事に就き、工場で働きたいという若い世代がいないのが実情です。それだけ、縫製工場の仕事は閉塞的なイメージがあるのだと思います。私が子供の頃、矢吹町に20社近くあった縫製工場も、現在はうちを含めて2社だけになりました。私たちの世代は、親の世代が縫製の仕事で、あまりいい思いをしてこなかったことを知っていますから、無理もないことだと思っています」
そこから、8割の受注生産と2割のmotoneの比率を変更したのは、新型コロナの影響が出始めていた2020年のことだ。縫製工場の閉塞的なイメージを払拭させたいと、それまでの受注生産を8割から2割まで抑え、規模を縮小、「工房・アトリエ」というかたちで、自社ブランドに力を入れて育てていくことを決めた。

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「若い人はフットワークが軽く、体力もあり、自分たち世代にはない発想力があるので、信じるしかないです。極端に手のひらから落ちそうな時には、なんとかしてやらなければと思っています。ただ、厳しい世の中で本当によくやってくれていると思います」
と、会長の根本昇さん(左)。根本潤さん(右)

motoneとお店とお客さんの関係

現在、motoneは定番品を長く作り続けるために、作り手の思いを伝えながら、全国各地で、期間限定の販売会を行っている。
「自分達と同じような自社工場を持つ方々との展示会で、出展者の方々から『作業着にしたい』と注文を頂いたことで、丈夫なシャツは仕事着にもなることを知りました。自分達で作ったものが必要とされているという実感が得られた、嬉しい出来事でした」
期間限定の販売会は、告知から、販売当日まで気を抜くことができない。そうした労力はかかるが、それがmotoneを知ってもらうには確実な方法だという。
「衣料品売り場にmotoneを置いても、うちの製品の思いは伝わらないんです。生活雑貨の店で置く場合は異なり、生活の道具と一緒に並ぶことで、目立ち、伝えられることがあります。私たちは、売れそうだから取り扱ってみようというところより、製品を手に取り、ファクトリーブランドであることや、細部の縫製の技術といった部分に心を寄せて、motoneに対する気持ちをわかっていただけるお店の方と取引がしたいのです。そんなお店の方は、必ず店に来たお客さんにmotoneの思いを伝えてくれ、そこで買ってくれたお客さんも、その友達に伝えてくれるはずです」
自分は口コミしか信じないタイプだという根本さん。それが、取引先を厳選する理由でもある。
「お客さんに私たちの思いを伝えてくれる、それだけで、お店にmotoneを求めるお客さんが集中していくのです。オンラインでも販売はしていますが、実物を見たいという方のお問合せもあります。最寄りの取り扱い店が、お住まいのところから、2県となりにあった場合でも見に行ってくれる方がいらっしゃいます。縁あって取り扱いをしているお店の方も、そこまでして来店してくれるお客さんと出会えたら嬉しいですよね。お互いに特別な存在になります」
今年の春の販売会は、北海道から九州の15店舗で開催した。とんでもなく忙しかったと振り返りながら、秋からは20店舗での販売会に挑戦するという。お話をうかがった7月の上旬、アトリエでは秋の販売会に向けた製品作りが行われており、ミシンの音が絶え間なく響いていた。

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好きな服作りを、楽しく、明るく

昨年、力を注いできたmotoneの売上が、サンユーニの売上の半分を越えた。
取引先は、北海道から九州まで、自分達の思いに耳を傾け、購入する方にも伝えてくれる頼もしい店ばかり。会社を支えてくれる新たな関係も築かれてきた。
「これを好きだと言ってくれる方々のため、自分たちの技術を知ってもらい、生き残るためになんとしても作り続けよう。そうした使命感があります。やれば儲かる時代ではないなら、やりたいことをやる、そうしている今が面白くて仕方ありません。ハイブランドを除いて一般の服が売れなくなっている時代に、自分も含めて、今アパレルに携わっている人たちは本当に服が好きなんだと思っています。縫製の仕事に就く人は少なくても、服作りが好きな人はゼロではないで、今、その服作りが楽しいと思う若い人たちに、好きなことも続けていけば将来仕事にしていける、そうした未来を描けるようにしていくのが、今後の私の仕事です」

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「自分たちのブランドを育てていくことは、音楽をするのと同じ感覚があります。それをやって人間的にかっこよく生きたいと思うことと、製作をするスタッフや販売を行ってくれる人、motoneを着る人、そこに関わる人たちもかっこよくあってほしいと思っています」
根本さんがこれから、取り掛かかろうとしているのは、「縫製を仕事にする楽しい会社」を実現していくこと。
そして、自慢の技術で服を作る人たちがいることを、motoneを通して伝えていくことだ。

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有限会社 サンユーニ
http://www.3u2.jp/
motone http://motone.jp/
motone OnlineStore https://store.motone.jp/
〒969-0248 福島県西白河郡矢吹町東郷337-29
0248-44-2610

2022.07.04 取材
文:yanai 写真:BUN

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