100-FUKUSHIMA Vol.050
薪商はぜるね 武田剛さん
はぜる音
夏になる少し前、雨上がりの夕暮れ時。
「はぜるねさんの薪は、とてもよく燃えてくれる。最後まで燃えるから、灰が少なく、手入れも楽で助かる」
キャンプ用品を扱うお店のスタッフから、そんな話しを耳にした。
はぜるね。たき火をしたときのパチパチという音。薪が燃える音。爆ぜる音。
「はぜるねさん」は、三春町で薪の製造販売を行う「株式会社薪商はぜるね」だと、教えてくれた。
お店のスタッフが、キャンプ用のたき火台で燃える薪を動かしていた。
お客さん数人と一緒にゆれる火を眺め、手をかざし、はぜる音を聴きながら心地よい時間を過ごした。
株式会社薪商はぜるねは、全国でもめずらしい伐採から製造、配達、直接販売を一貫して行う会社だ。
「震災のあと、まだなにができるのかはわからないけれど、地元に戻って両親のそばにいてあげたいと思いました」
薪商はぜるね代表取締役の武田剛さんは、震災当時、東京で美容師として働いていた。
「長年原木シイタケの栽培、農業に携わってきた両親は、震災後の出荷制限などの打撃が大きく、精神的にも肉体的にも、とても疲弊していました」
三春町にある武田さんの実家は、原木シイタケの栽培を中心に農業を営み、冬には原木の大きなものを薪として卸していた。
震災後、家族を支えようと、武田さんも家の仕事に加わり、シイタケではなく薪づくりならば続けられるだろうと考え、お父様の事業から独立というかたちで2014年にはぜるねを設立、翌年2015年に法人化した。
「従来、薪づくりは、農家の冬仕事として行われ、安い価格でストーブ販売店やホームセンターに卸していましたが、お客さんに届く時には値段が上がってしまいます。そこで、経営には難しいと思いましたが、自分たちで一貫してできないかと考えました」
薪の販売は、悲観的な思いよりも前向きな気持ちで続けて来たという。
「長年、父がシイタケ栽培を行ってきたことで、長野の方にもつながりがあり、そちらから原木を買うことができました。経済的には厳しかったのですが、震災直後から薪ストーブのユーザーさんの多くが薪を心待ちにしていて、そんな時に届けられたことで、自分たちの薪を広げることができたと思っています」
薪ストーブのユーザーたちは環境への意識が高い方が多く、震災直後も薪の安全性を自分たちで勉強し、理解を示してくれたという。現在は、安全で良質な地元産と県外産を組み合わせて、薪の販売を行っている。
「田村地域は雪も少なく、山の傾斜が穏やかなこともあり、昔から炭、薪、シイタケの栽培が盛んです。シイタケの原木や薪に適しているナラは、伐採後、残された株から萌芽します。さらに伐採した地面には太陽の光が届くようになるため、さまざまな植物が芽吹き、虫や動物たちの住処にもなります。木を切ることは破壊ではなく、森の新陳代謝を促すことにつながるのです。そのように人の手が入ることで、里山は維持されてきました。うまくできていますね」
森があるからこその暮らし
「自然はいろんな生き物の循環で、維持され、人間が暮らせるのも森という循環する機能があるからこそ。そういう営みに思いを馳せると、今自分のやっている仕事は、価値のあることなんじゃないかなと感じています。直接、お客様と対面で販売できることにはやりがいがあります」
水分の少ない冬から春、10月〜3月くらいまでの間に木を切り、梅雨に入る前までに薪割りをして、日当たりと風通しの良い場所でしっかりと乾燥をさせる。乾しきらないと燃料として上手に使うことができない。これらの作業の間にも一年を通してお客様のお宅へ配達が行われ、その間にも、地域内外の農林業の仕事に携わっている。
はぜるねの日々はそうやって続いている。
「いわゆる2年もの、薪の含水率18%以下くらいだと気持ちよく焚くことができますが、今お客さんに届けているのは、1年乾燥で含水率は20%前半くらいのものです。まだまだ需要が多く、2年サイクルでまわすのには追いついていません」
薪の一梱包は600〜700kgで、約1カ月分。一度の配達で、数ヶ月分と追加分を持って行くこともある。
「県内はもちろん、お届け先は、宮城、山形、新潟、栃木、茨城、埼玉、千葉。一年を通して長いドライブをしている気分です。実は薪の販売は営業をしたことはなく、自社のウェブサイトを公開したことで、個人のお客様やストーブやさんから声がかかるようになりました」
暮らしのエネルギーに確かなものを自分で選んで使いたいというお客様の、はぜるねへの厚い支持がうかがえる。
誇りを持って、気持ちよく生きるために
武田さんは、自然の循環を思いながら木を切り、暮らしにエネルギーとしての薪を届けている。
そこには、自分たちの力で社会に貢献しようとする姿勢がある。
以前にお話を伺った、桑野にある相談所兼カフェバーTOMOSUの渡辺さん とは幼なじみであり、事業を協力し合う関係だ。
武田さんがともに働くのは、同じ志を持った人たち。そこには、さまざまな理由から、これから就労を目指そうとする人の姿もある。
「自分の幸せ、働くこと、生きることは何だろうと考えていました。人に言われるがままにこなすことでも、ただ稼げれば幸せというものでもないでしょう。とにかく自分に出来ることで、社会に対して、誇りを持ちたいと考えてきました。ふるさとや自然、動物が好きなので、これが自分の世代で終わったら嫌だと思うし、この先も長く続いていくといいなと思う。そういう使命感は勝手に持っていて、生まれた場所を自分の力で価値のある場所にしていこう、自然に触れてやりたいことをやり、その生き方や暮らし方が収入に直結すればいい、そう思ってやっているから今がすごく楽しいです」
そうした武田さんの考える事業は、地域の雇用へもつながっている。
はぜるねの薪を使いたいというひとの気持ちがよく分かる言葉だ。
「お客さんと対面で販売し、お話しするのは重要だと思っています。薪ストーブを使っているお客さんたちは、生き方やライフスタイルというものをしっかり持っていて、自然や環境への関心も高い方々です。そうした方のところへ薪を届けるのに、汚い格好で、ぼろぼろの車で行くのは格好悪いと思うんです。かといって、自分の思いや考えをSNSでバンバン流すのも格好悪い。できるならきちんと行動で示して、背中で語りたいです」
そう言って、武田さんは笑った。
「薪を売ることが目的ではなく、この先、資源を活かしてどれだけ豊かになれるかだと思っています。木を切れば、薪ストーブのお客さんが喜んでくれ、森に手を入れることで多様性が生まれる。そのきれいな森を見にまた人が集まる。その全てをやりたい。古い生活がしたいのではなく、自然がある中で気持ちのいい暮らしがしたいです」
循環する自然環境の中で暮らし、そこで役に立つ存在になって、気持ちよく生きたい。
武田さんには、気持ちよく生きていくための創造力がある。それは、今、自分たちの手で薪をつくること、10月の台風で遅れている地元の米の収穫作業を請け負うことだったりする。
「世の中的にも、その方向に向かっていく気がしています。自分には父が耕してくれた土がありました。手段は何でもよく、何を選んでも、自分としては楽しんでやっていけるだろうと思います」
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株式会社 薪商はぜるね
福島県田村郡三春町大字込木字大志田79-1
0247-73-8364
9:00 – 17:00
日曜日
あり
https://hazerune.com/
2019.10.31取材 文:yanai 写真:BUN