100年ふくしま。

vol.048 トランペット奏者 佐藤秀徳さん

2019/11/15

vol.048 トランペット奏者 佐藤秀徳さん

100-FUKUSHIMA Vol.048

トランペット奏者 佐藤秀徳さん

Barchetta(バルケッタ)を聴く

ギターがゆっくりと爪弾かれていく。
なんて豊かな弦の響きだろう。繊細な旋律に耳を傾ける。
やがてトランペットの澄んだ美しい音が重なり、深い吐息のような音色に目を閉じる。
この安心感、身体がほぐれていくような心地よさはどうだろう。
2019年8月21日Barchetta演奏会。一曲目J.ダウランド「涙のパヴァーヌ」。
やわらかな温かい光に包み込まれるような演奏で幕を開けた。

Barchettaは、ギター佐藤紀雄とトランペット佐藤秀徳(さとうしゅうとく)が2016年に結成したユニット名だ。
この日は、二人のファーストアルバム「Viaggio」の発売記念コンサートで、佐藤秀徳さんの故郷である郡山市で行われた。
演奏したのは、CDに収録された19曲の中から14曲。スペインの民謡、ルネサンスからバロックにかけての音楽、渡辺裕紀子の書き下ろし、武満徹や中村八大の曲、日本の音楽などが奏でられた。
一曲ごとに曲の紹介があり、演奏者の思いも話された。それらは親しい人に語りかけるようにさり気なく穏やかで、聴く人の胸にまっすぐ届くものだった。
「Barchetta」はイタリア語で「小さな舟」。
「Viaggio」は「旅」。
「小舟に乗っていろいろな国、時代を旅するような、そんな風に聴いてもらえたらと思い、プログラミングしました。収録曲は二人で持ち寄ったもので、時代もテイストもバラバラな名曲をどう並べて一つの作品として世に出すかというところをこだわりました」
足もとに3種類のトランペットを従え、ステージ上でそう話した佐藤秀徳さんの言葉が胸の中にある。

vol.048 トランペット奏者 佐藤秀徳さん

トランペットとの出合い。将来はプロになる。

「母親はピアノの先生で、ずっとピアノの音を聴いて育ちました。眠る時はピアノの側でした。少し大きくなるとピアノをやるようになりましたが、自由にうまく弾けないもどかしさがいつもありましたね」
練習が好きではなかったのですと佐藤さんは笑う。
トランペットとの出合いは、小学5年生の終わり頃だった。
鼓笛隊で演奏する6年生たちを見てなんてカッコイイんだろうと思った。
トランペットは直ぐさま秀徳少年を魅了した。トランペットを初めて手にし、難なく音が出たのだ。音階も吹けた。ボクって天才?そう思った。
トランペットの指使いはすぐに覚えた。それは楽譜が読めたことが大きかった。吹きたい曲がすんなりと吹ける快感。それはやがて大きな自信になっていく。将来はプロになりたい。オーケストラに入りたい。そう思った。

vol.048 トランペット奏者 佐藤秀徳さん

音色から直すように指導された中学生時代

「6年生になった4月に郡山市のジュニアオーケストラに入り、5月にはメンバーとして演奏していました。家ではNHKの音楽番組を録画し、オーケストラのトランペット奏者を食い入るように見ていたのを覚えています」
しかし、中学生になって、簡単に吹けないことが増えてくる。それが何故なのか理由がわからなかった。秀徳少年は自分は天才ではないことを悟り、現実的になっていく。
「その頃は、芸大附属高校を目指していて受験準備のために両親が東京のレッスン所へ通わせてくれました。先生には、音色から直すようにと言われました。その時はショックでしたが、自分がいかに何も知らなかったか、ということを思い知りました。14歳、中学2年生の時です」

vol.048 トランペット奏者 佐藤秀徳さん

今の自分を表現できるのがトランペット

佐藤さんは、地元の進学校を経て東京藝術大学で音楽を学んだ。
「藝大は、周りにスターがたくさんいてハイレベル。卒業するまでついていくのに必死でした。大学一年生の終わり頃から結婚式で演奏するお仕事をいただき、早くから『仕事』として演奏する経験ができました。この時期に大学の壁を越えたたくさんの先輩方と出会えたのは、とても大きな意味があって、今でもそのご縁は続いています」
数多くの人と接しそこから得たものは、佐藤さんにとって生きていく上で大きな前進、糧となった。現在、フリーランスで生活できるのはそのことが大きい。
オーケストラのオーディションはたくさん受けたが、ひとつの席に受験者が100人を越えることもあるような狭き門。いずれも合格できなかった。
オーケストラに所属することがひとつの目標だったが、今はそのことにこだわりはないと話す。
「将来の夢は?とよく聞かれますが、将来のことは何も決めていません。今やりたいことや挑戦したいことに常に向き合うことで、知らない道が見えてくる。
自分が今どう生きるか、何故トランペットをやっているのかをいつも考えています」
枠の中で生きることはしたくない。音楽でなくてもいい。トランペットでなくてもいいのかもしれない。ただ、今の自分を表現できるのがトランペットだということだけは明確にある。
「仕事を通して多くの出合いがあり、これからもいろんなことにチャレンジしたい。自分にしか出来ない表現があるのではないかと思っています。大切なのは今を存分に楽しみ、きっかけを失わないように自由な生き方をすることです。前に進んでいる感覚がある。その先に何があるかが楽しみです」
決まっていないということが面白い。何があるかわからないということは面白いという。

vol.048 トランペット奏者 佐藤秀徳さん
クラシックとジャズでは吹き方が違います。フリージャズではクラシックとはまた違う音を出します。
自分はクラシックをやっていたので初めは抵抗がありましたが、音色はその人そのもの、重要なポイントです。
そこにエネルギーがあり、ふさわしい音であれば最高の音楽になります。

小さなことでも感動することを大切に

佐藤さんは、妻の明日香さんと3人のお子さんの5人家族。東京で暮らしている。
「家庭を持ってからいろんな面で落ちつきました。妻とは早くから音楽を通して知り合いました。私の仕事に理解があり良きパートナーです」
壁にぶつかったり悩んだりすると「何とかなるでしょ」と言ってくれる心強いサポーターでもある。
自分の家族やその周りの人たちが、どうしたら幸せになれるかをいつも心にとめている佐藤さんだ。
「豊かさとはどれだけ多くのことに感動できるかだと思う。そう話したのは私の高校時代の友人です。20数年ぶりに会った時に交わした会話がずっと自分の中にあります」
世の中を見渡すと人々の感動が鈍くなっているのではないか。その機会がない人が増えているのではないか。それは何故だろう。どうしたらいいのだろう。
「私は子どもの頃から音楽を通してハッとする瞬間を間近で感じてきました。今の世の中だからこそ大人はもちろん、子どもたちにもハッとすることを大事にしてほしい」
見えないアンテナを自分の中に持ち、小さなことにも感動することを大切に生きてほしい。そのことはいつか豊かな人生を送るための糧となるかもしれない。
佐藤さんは、自分の音楽活動が少しでもそのきっかけになってくれたら嬉しいと話す。

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福島の子どもたちへ。
音楽の純粋な楽しみを。

佐藤さんは、福島の子どもたちのためにトランペットの指導をしています。
9月の半ば近く、暑さも少し収まった日に郡山市立薫小学校でトランペットの指導が行われました。
この日は吹奏楽部の4年生5年生6年生のトランペット奏者たちが初めて佐藤先生と対面しました。女子4人、男子1人の5人の奏者はひとりひとり輝く楽器を胸に佐藤先生の指導を受けました。

みなさん初めまして、こんにちは。ボクは佐藤秀徳といいます。トランペットを演奏しています。
トランペットで大事なことは呼吸です。
息を吸って楽器の中に吐いて音を出す。鼻歌を歌うように、息を吸って息を吐く。
吹く前の準備は深呼吸をすることです。楽器の準備をしているときに深呼吸をする。
まず口から吐く。そして鼻から吸い、口から吐く。
目安は5回ぐらいです。
身体があたたかくなるのがわかります。
それからトランペットを構え、マウスピースの中で音を出さないで吐く。
そうすると音が出ているときにも楽ちんな感じで吹けるようになります。

それから大事なのは姿勢。
苦しそうに見えるのは上を向いてしまうから。
リラックスして真っ直ぐに立つ。
トランペットを自然に構える。真っ直ぐ前を見る。
そして吹く前に息を吸っておく。
大丈夫です。ハードルは高くない。
みんなも同じように吹けるから。
楽に吹けるようになったら次はどう吹くか。どうカッコよく吹くかを考える。
楽に吹けるとやりたいように吹けるようになります。

佐藤さんは、子どもたちに具体的な言葉をかけながら指導をしていきます。
「福島は自分にとって大きいところです。私はここで生まれ育ち、作られた。子どもの頃に音楽の素晴らしさを教えてくれる大人がたくさんいて音楽の楽しみ方を知りました」
子どもたちには上手に演奏する、それだけではなく音楽というものの純粋な楽しみを味わってほしいと話します。

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佐藤秀徳
@shu_toku
福島県郡山市出身。東京在住。
安積高等学校、東京藝術大学卒業。
フリーランストランペット奏者として国内外で演奏活動を展開。
NHK連続テレビ小説「あまちゃん」、NHK大河ドラマ「いだてん」の楽曲に参加。

vol.048 トランペット奏者 佐藤秀徳さん
初めてのCDの一曲目は「ん?」と思う曲からスタートしたかったと佐藤さん。
ギターとトランペット。このデュオで何が生まれるか。それがおもしろいと言います。

2019.09.13取材
文:kame 撮影:BUN

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