100年ふくしま。

vol.043 農家民宿 春一番 佐藤一一さん、春子さん

2019/06/13

vol.043 農家民宿 春一番 佐藤一一さん、春子さん

100-FUKUSHIMA Vol.043

農家民宿 春一番 佐藤一一さん、春子さん

眺めのいい部屋

平田村にある農家民宿「春一番」を訪ねたのは2019年5月1日。平成から令和に元号が変わった日で、玄関先には日の丸の旗が掲げられていた。
目の前にそびえる山の木々が美しく、ウグイスがあちらこちらで鳴いている。
もうすぐ子どもの日、庭には鯉のぼりが吹く風に踊っていた。
午後3時過ぎ、空にはうっすらと雲が広がり、夕暮れにはまだ時間がある。
遠くからカエルの鳴き声が聞こえてきた。
ふいに冷たい風が吹き、空気が変わるのがわかる。雨になるのだろうか。
通されたのは眺めのいい部屋だった。
話をしながら、気がつくといつのまにか窓の外を見ている。
頷くたびに自然に窓の外に目がいくのだ。
あ、雨。
広い軒先から落ちる雨のしずく、その様子に見とれる。
降ってきましたね。
雨もまたいいものですね。
そんな言葉を交わしながら窓の外を眺めていた。

vol.043 農家民宿 春一番 佐藤一一さん、春子さんvol.043 農家民宿 春一番 佐藤一一さん、春子さん

暮らしのおすそ分けを。
ふる里の原風景を感じてほしい。

「ここ平田村でふる里のようなものを感じていただけたらうれしいです」
佐藤一一(かずいち)さんが、奥さまの春子さんと農家民宿を始めたのは2017年の10月。3年前に役場から呼びかけられたことがきっかけだった。
「平田村では宿泊するところがなく、役場の方から泊まりたいという人のために農家民宿はどうかという案が出て声をかけられました」
一一さんは常々、豊かさとは自分が住んでいるところがいい、そう感じられることではないかと思っている。
「人が暮らすところは都会でも田舎でもどこでもいい。その人が今、自分が住んでいるところが一番いい、そう思えるような生活をすることが大事なのだと思います」
いいふる里はない。いいふる里をつくってきた人がいるということ。
きれいな風景はない。きれいな風景をつくってきた人がいるということだと話す。
「人として生き物としての人間が暮らす原点がここにはあります。自分たちがここで豊かに生活していること、それを感じてほしい。そんな暮らしのおすそ分けを少しでも出来たらうれしいです」

vol.043 農家民宿 春一番 佐藤一一さん、春子さん

農作物が育つのを見るのはうれしいこと。
手間ひまかけることが充実感につながります。

現在のこの家に建て変えたのは20年前のこと。一一さんは、「清々(せいせい)とした家」を作りたかったと話す。玄関は広く木の香りがし、正面には薪ストーブが置かれている。天井の梁には幾つかのランプが下げられ、どこか山小屋のような雰囲気に魅せられる。柱も壁も20年が経つとは思えないほど新しさを感じる家だ。
農家民宿の話を聞いたとき、始めは戸惑ったという春子さん。
「今まで大家族の長男の嫁として40年過ごしてきました。両親を看取り、子どもたちも独立し、やっと二人になってゆっくりできると思っていた時でした。けれど今の自分たちが持っているものやスキルの中で生かせることがたくさんあることに気づき、特別な投資をしなくても大丈夫だということもあって、踏み切りました」
佐藤家では、肉や魚などの食材の他はほとんどのものが自給自足だ。
一一さんの作る野菜や米は絶品だと春子さんはいう。
「畑に出て農作物が育つのを見るのはうれしいことです。小さな芽が出るとワクワクしますね。手間ひまかけることが充実感につながります」
一一さんが育てた野菜を使って春子さんが料理をする。
テーブルには野菜サラダ、凍み大根の煮物、フキノトウの天ぷらや山菜のお浸し、煮魚、茶碗蒸し、茸の炊き込みご飯、なめこ汁などその時々の季節の料理が並ぶ。器はこれまで春子さんが好きなものを少しずつ手に入れ大切にしてき
たものばかりだ。
なんて豊かな食卓だろう。
心尽くしの何気ない一品、ひと皿の中に二人の意識、その思いがこもる。

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ふたりは山仲間

若い頃の一一さんと春子さんは、山を通して知り合った山仲間でした。
ふたりは、それぞれの職場に勤めながら郡山勤労者山岳会(通称、郡山労山)のメンバーになり全国各地、多くの山に登りました。そこで知り会った仲間たちは今でもふたりにとってかけがえのない存在だといいます。
玄関先や部屋には、ふたりがこれまでに出合った山や花などの絵が飾られ、訪れる人を迎えてくれます。

寝室には、見るからに寝心地が良さそうな布団が敷かれていました。それは、思わず声が出そうなほどにふかふかとして温かさを感じるものでした。
「この敷き布団は、実家の亡き母から譲り受けた上質な綿(わた)を使ったものです。今では、綿布団を扱うところは少なくなり貴重なものです」
お母さまの形見の布団を打ち直し、ここを訪れる人のために役立てたいという春子さんの思いに胸を打たれます。
普段は自分たち二人だけの生活の中に時々他人が入ることで生き生きしてくる。いい緊張感が生まれるといいます。
「お客さま自身も、大切な自分の時間の中でここに来てくださいます。これまで縁のなかった方たちのその思いはありがたく、私たちも覚悟をもって楽しく受け入れたいと思っています」
風薫る五月。一日ごとに春を感じる幸せに思いを馳せるふたりです。

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農家民宿 春一番
〒963-8205 石川郡平田村大字永田字石坪102
0247-55-2137

2019.05.01取材
文:kame 撮影:BUN

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