
100-FUKUSHIMA vol.086
日本空手道神居塾 栗田昭宏さん
ここで学んだことを、この先の力にしていく
夕方、大通り沿いのビルの一室が、元気な子どもたちの声でにぎやかになる。
郡山市桑野にある日本空手道神居塾。
「誰にでもできる空手」を掲げる教室には、園児から70代の生徒が通い、健康のため、格闘技を身に付けたい、礼儀を学んで自信をつけたいなど、さまざまな目的の人たちが集う。
「ここに来てもっと頑張りたいという子や、できなかったことができるようになって、それを周りの子たちと喜びあう姿を見られるととてもうれしい」
代表の栗田昭宏さんは、初めて空手教室を訪れた私たちにそう話してくれた。

「カムイという言葉は、漫画家の白土三平先生の『カムイ外伝』や他の書籍、メディアなどで見かけ、なぜか心に残る言葉でした。アイヌ語で『神』を指し、人の生き方に強い影響を与える力のことで、己を律して人格形成を目指す、我々空手家に重なる良い言葉として、とても思い入れがありました」
神居塾は、極真空手から派生し独立した団体で、震災後に開塾して今年で13年目になります。
「私自身はとてもこわがりな子どもで、空手をやることは考えてもいませんでした。良いことと悪いことへのこだわりが強く、自分が正しいと思っていることを心ない人の理不尽な暴力や圧力でねじ曲げられると、夜通し泣くことがありました。この先もまた同じような状況になったり、大人になった時に、大切な人やものを守れないのはいやだと思うようになりました」
栗田さんが空手を始めたのは中学1年生の時。きっかけは、小学3年生の時にできた友人だったといいます。
「小学3年生の時、勇気があって喧嘩も強い、自分にないものをたくさん持っていて憧れるような、格闘技が大好きな子と同じクラスになり、友だちになりました。その子から格闘技の魅力を教えてもらい、その時は、自分がやりたいというよりは、ファンのような感覚でした。それから漫画の『空手バカ一代』を読んで衝撃を受け、これが実在する人たちの話だと知ると、自分も強くなれるだろうかという気持ちが湧いてきました。初めて自分から空手をやりたいと言った時は、家族が喜んでくれ、自分から言って始めた手前、半端なことをしたら、この先も一生本気になれないだろうと、稽古には毎日休まず通い続けました」
最初に沖縄空手を習い始めた栗田さんは、やがて極真空手に移籍することになります。
「移籍するのは怖かったのですが、使命感のようなものがあり、悩みながらも入門を決めました。耐えて強くなれるなら全部我慢しようと、覚悟したことで続けられました。骨折や怪我も多かったのですが苦しい中でも頑張っていれば、少しずつでも自分は変わっていくことができる、それが楽しかったのです。昔は今よりも厳しい時代で、道場のきつい稽古を乗り越えて、長く続けられる人は少なく、入門してもすぐに辞めてしまうので、私も10年くらい後輩ができず下っ端のままでした」
栗田さんが学生時代を過ごした1970〜80年代、極真空手の創始者である大山倍達を主役にした漫画『空手バカ一代』が大ヒットした空手ブームの最中で、当時通っていた道場には、入りきれないほどの生徒さんがおり、時間毎に入替を行って稽古をするほどでした。
学校卒業後、栗田さんは家業の洋食店を手伝いながら道場で稽古に励み、他道場での指導員を経て、神居塾を開きました。
「空手は昇級審査を受けて、級が上がると帯の色が変わります。私は伝統派での経験があったので、比較的早く昇級していくことが出来たのですが、ある程度上の級になった時に、今の自分は帯の色に見合うだけの実力がついたのだろうかと疑問を抱き、自分の理想に近付けるようにもっと実力をつけてから級を上げなければ駄目だと、自分なりに納得をするまで同じ色の帯を締め続けていました。黒帯になるまでは10 年かけています。かなり遅い方だと思いますが、実力が伴わないまま級が上っても意味がありません。目標のために、自分を成長させる積み重ねが大事だと思います。そうしたことからもうちの道場では、昇級審査を年2 回に抑え、昇級ゲームにならないよう戒めながら、稽古を通して自分の弱さと向き合い、審査に向けどう乗り越えていくのかをテーマにしています。自分が学んできたことを元に、どうやったら子どもたちが空手で経験したことを成長の糧にできるのかを考えてやってきました」
栗田さんは、帯の色は努力を重ねてきたことへの証明であって、その人の強さを表すものではないと、子どもたちに教えてきました。


「真面目に稽古を積み重ねて 、試合等で相手を倒したりすれば 『やった!』と嬉しい気持ちになったりはしますが、それで自分が強くなったなどとは思いません。それは闘った相手よりも、自分の努力が少しだけ上回っていたというだけのことなんです」
これまで何十年も空手の修行をしてきて、自分が強くなったと思ったことはないといいます。
修行を重ねて鍛えれば鍛えるほど、自分の限界を知り、己の無力さを突き付けられる。自分の弱さがわかって、どんなに鍛えても、その弱さがなくなるわけでもない。けれど、頑張れるようになる。今までだったら、ここで逃げていたなという時に踏ん張れるようになる。それが栗田さんにとっての修行です。
「例えば、早朝の稽古をする時でも、朝は眠たいからやりたくない。でも、やりたくないと考えるとそのネガティブな思いが増幅していき、休むための理由を探し始めます。大抵の人はここで挫折してしまうんです。だから、私は考えることをやめました。朝起きたらロボットのように何も考えずに着替えて、外に飛び出し動いてしまう。とにかくやったという事実を積み重ねることが大切なんです。それは定期預金のようなもので、いつか満期となった時に自分の内で成長した何かに気付くことがある。それがとても嬉しいんです」
それを実行するための一歩を踏み出す。調子が良くても悪くても、雨や雪が降ろうとやらなければならないことなら躊躇せずに実行してきました。
「他の人がつらいと思うことが、自分ではそう思わなかったりするように、人の体力や性格、気持ちの限界値はそれぞれにあります。けれど、だれにでもきついことはあるから、そこにどう向き合っていけるようになるか。自分も空手を始めて我慢強さが増しました。ただそれだけのことですが、それだけで世界が変わったりするのです。自分には『我慢』でも、周りからは『強くなった、立派になった』という見る目が変わっていたりする、その評価は『本当のこと』だと思います。手が届かないことに対して、言い訳せず、今の自分に何が足りなくて、何が必要なのかを考えられるようになると、自分の力でこうやって進んでいこうと自信をもって思える、それが本当の意味で成長なんだと思います」
完璧に見えるような人でも、実は弱点はある。だからこそ、人は成長出来る、大切なのは己の弱さから目を逸らさずに向き合うこと、そして、その弱さを乗り越えるための努力を積み重ねることが肝要だと栗田さんは考えています。

体を使って、遊びながら
教室の片隅にゲーム機が置いてあり、最近の対戦格闘ゲームについて尋ねると楽しげな答えが返ってきました。
「対戦格闘ゲームを子どもたちにやらせているんです。遊びではあるんですが、コントロールの仕方を教えると性格がでるんです。実際の組手になると、余裕がなかったりしますが、ゲームであれば遊びながら、使い方次第で感覚的な組手のシミュレーションにもなります。モーションキャプチャーを使用したゲームのキャラクターたちの動きは、実際に空手の先生や格闘技の選手がモーションアクターとなっているゲームもあるため、動きを見ているだけでも勉強になります。現代だからできる遊びですが、いろんな感覚を成長させる一助になると思ってます」
外で体を動かして遊ぶことが難しい時にも、今出来ること、あるものを見つけて使ってみることが大切で、そうした発想や姿勢がさまざまな能力を成長させると話す栗田さんは、教室で子どもたちの成長を促す面白さを感じています。

どうせやるなら一番を
「心身は一体なので、肉体を使って修行をすることで、心の弱さや甘さが、透けて見えてくるんです。毎日の決め事が惰性になってしまったり、やらなかったり、理由をつけて背中を向けることがありますね。生活の中でやらなくても頑張らなくてもいいことがある中で、空手道場は、自分が決めたことを実行するために、自分を見つめて、がんばる理由を見つけてゆこうとする修行の場所だと思います。今自分に何が必要なのか、気づいて頑張れる子は、きちんと実を結んでいますね」
栗田さんは、どんなに運動神経が良くても、内面の成長がともなわなければ、運動神経が良いという素材を活かすことはできないと話します。
神居塾では、どうせやるなら一番を本気で目指そう、その過程に得られることがたくさんあると子どもたちに伝え続けています。
「空手道場のいいところは、年齢も損得もなく、頑張っている人を尊敬し合う場所であることです。僕も中学、高校と大人の方たちに囲まれ、可愛がってもらったことで、見識が広がっていくのを感じていました。ここに通う子たちも、大人の方との接し方や自分より小さい子の面倒をみるなど、家族のように、お互いがお互いにできることをやることで、いい空間になっていくのだと思っています」
勝負がすべてではなく、一番にならなくても、何かを目指す人たちに触れ、そこに身を置くことも貴重な経験です。
「ここで学ぶ子たちが、いつか社会に出ていった時、現実の厳しさに出会いながら、自分が求められることに気づき、学んでいくことに活かしてほしいと思います」


日本空手道神居塾 代表の栗田昭宏さんと生徒のみなさん
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日本空手道神居塾
福島県郡山市桑野3丁目18−20 西郡山ビル2F
090-7330-9237
稽古日時 火・水・金・土 19:00-21:00
少年初級 火・金 18:00-19:00
2025.01.28 取材
文:yanai 写真:BUN