100-FUKUSHIMA vol.061
菊池医院 菊池信太郎さん
たのしい診療所
郡山市本町にある菊池医院は、ちょっと楽しい診療所です。
待合室にはたくさんの絵本が展示され、定期的に本の入れ替えが行われています。
「今、子どもを連れて遊びに行けるところがないので、待合室で過ごす間でも、親子や兄弟で絵本を読む時間になっていることに、よかったなと思っています」
院長の菊池信太郎さんは、そう話します。
菊池医院は、昭和23年に開院した小児科の病院です。外来診察の他、病後児保育室を併設し、長年地域の小児医療を支え続けています。
昨年新しくなった診療所には、医院の考えと今子どもたちに知って欲しいことが詰まっています。例えば、階段。一段毎に異なる県内の木材が使用され、色や感触を見て触れることができるよう、工夫がされています。また、以前からあった図書コーナーの充実を図り、親子で参加できる体を動かす遊びの体験や教員と学生、保護者向けの勉強会など、受診歴のない方も参加できるイベントが毎日開かれています。
自分たちにできること
「開業以来、自分たちにできることは全部やろうとやってきました」
菊池医院を始めた祖母の寿子さんは郡山市で初めての女性開業医で、当時は人力車で往診を行っていたといいます。
菊池さんのお父様が病後児保育室を開設、その他介護事業を開始しました。
「祖母が小児科専門として開業して、私で三代目。私が医院に来てからは震災後の歴史だと思っています」
東京の病院勤務を経て、2010年から医院の仕事に従事した菊池さんは、それから間もなく東日本大震災を経験しました。それが、現在も続く子どもと地域の健康をサポートする活動のはじまりになりました。
「勤務医時代の最後は、日本でもめずらしい病気を診る専門病院に勤務していました。その間も、郡山の救急センターや医院の手伝いに来ることがあり、地域の小児医療に携わっていました。そのどちらも医師として良い経験になっていました」
その後帰郷して医院で働き、震災を経験したことで、自分は病気だけを見ていたことに気づいたといいます。
「世の中では、小児科医は子どものことなら何でも知っていると思われていますが、実はまだまだ知っていなかったことがたくさんありました。震災によって、環境から受ける子どもたちの健康への影響に、これまで自分がしてきたことは『病気を診る』ということに特化し、それは偏ったことだったのではないかと感じるようになりました。子どもが育っていくには、何が必要なのかを考えていくうちに、どんなに医師ががんばっても、その地域の環境づくりをしないと根本を変えていくことができないということに思い至りました」
震災直後、菊池さんが地元企業と知育玩具メーカーとともに取り組んだ、屋内遊び場「ペップキッズこおりやま」の整備運営。この活動は、子どものいるご家庭はもちろん、福島に暮らす多くの人が、ここで子どもたちが育っていくために必要なことを示された出来事でもありました。
「ここで子どもたちが大きく育っていくために、私たちが助言をして伝えていくこと、それに対応できるようにしていけるよう、仕事をしていかなければならないと思いました。例えば、震災後の外遊びができないことに『仕方ない』で終わるのではなく、どうしたらよいのかを知恵を絞って、遊び場をつくり、放射線が不安だというお母さんには、きちんと相談をしましょうと促す。生活環境が変わって、子どもの心と身体に影響してしまうことには、やはり環境を直していくことを考えなければならず、そうするための働きかけや提言をするという仕事が、実は小児科が担う一番大事なことなのではないか。そう思いながら、ずっとやってきました」
知らないことを知っていく入口は、いつもだれかに教えてもらうこと。
「学校では病気のことを学んでいましたが、子どもが元気に育つ環境をつくることについては全くの無知でした」
震災直後からの菊池さんの活動は、医療の分野だけでなく多岐に渡っています。それは、子どもがここで育つのに必要なのは、医療だけでなく、多くの分野が関わっていることを示しています。
「子どもには遊びが必要だということは分かっていても、どうして必要なのかは詳しくは理解できていませんでした。そこから、子どもの成長と遊びについて研究している玩具メーカーなどに連絡をとり、教えてもらうことにしたのです。知らないことを知っていく入口は、いつもだれかに教えてもらうことでした。ひとつわかるといろんなことがつながっていき、その度にさまざまな分野の方々が教えてくれました」
震災から10年になる今年。菊池さんはちょうどまとめの時期だと感じていました。
「これまでのことを発信していこうと考えていたところ、コロナの影響があって難しくなっています。ただ、今の起きていることも震災後と全く同じで、コロナだから『仕方ない』と、『仕方ない』で片付けられている事はたくさんあるのだと思います。『仕方ない』で終わっていいのか、それによって出来なくなったことのフォローは誰がするのか。大人なら自分で考え、工夫をして、失った分を取り戻せるかも知れません。しかし子どもの環境は、大人たちが作っていますね。ステイホームだから、モバイル端末を使って家で勉強してもらうことも大人が与えた環境です。それで子どもたちが勉強をすることは叶いますが、次はその端末を利用することで、でてくる問題や影響があったりする。何かが起きる度に、それらをいつも『仕方ない』としてしまうのはおかしいのではないか、それを打破するために、僕ができることはやろうと思っています」
福島の子どもたちを日本一元気に。菊池さんが、震災直後から掲げている目標です。
「10年後には、なにかいいことがあるといい、そう思っていましたが、実感としては、まだ思ったほど出来ていないと感じています。達成できたことがほとんどゼロで、まだやめられないというところでしょうか。それでも不思議と意欲は続いています。もっといい方法があるかなと模索して、遊び場にもなる医院でのイベントなど、そこに対するアイデアは絶えず考えつづけています」
医療法人 仁寿会 菊池医院
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2020.1.29 取材
文:yanai 写真:BUN