100-FUKUSHIMA Vol.041
古物屋 時雨 石井睦子さん
古いもの、昔のもの
初めて歩く町で、古道具の店を見つけるとすい寄せられるように中に入る。
古いものが置かれている店内は、ひんやりとしたそれでいて仄かにあたたかい不思議な空気に満ちている。
古い器、古いグラス。なつかしい感触の机、本立て。灯したらどんなだろうと思わせる電灯。手のひらに収まる髪飾りや可愛いだけではない謎めいた小さな置物たち。初めて見るのに、あ、そこに居たのね、そう思わせるものたちとの出合いの場所だ。
須賀川市にある古物屋時雨を初めて訪れたのは、その町で月に一度開催されるイベントの帰り道だった。
町中の喧噪から少し離れた所に時雨はあった。
からからと戸を開けると、奥の方から声がした。
「いらっしゃいませ」
店主の石井睦子さんが穏やかな笑顔で迎えてくれた。
店内に置かれている物ひとつひとつの景観が美しく、見入るたびに気持ちのいい緊張感に包まれる。
睦子さんは、この場所で古物屋を営み、その一角で書道を教えている。
「酒屋のミセサキ市」から「古物屋時雨」へ
睦子さんが好きなもの、選ぶものには決まりごとがあり形や素材、色や機能性を見るようにしている。ただ古ければ良いというわけではなく新しいものの中にも好きなものはたくさんあると話す。
そのものが持つ時代背景や生産地、作者など、大体の能書きは把握しておくが、あまり重要視はしていない。
「大学生の頃、一人旅でよく美術館やギャラリー巡りをしていました。心を動かされ、好きで見ていたものが知らず知らずのうちに記憶として残っているのかもしれません」
睦子さんは、大学で建築を学び、卒業後は7年ほど設計事務所で働いた。
その後、酒屋を営む郡山市の実家に落ちつき、将来この店を自分でやれたら、一人っ子である自分が跡を継げたらいいと考えていた。
「自分の生き方に区切りをつけようと後始末というか終活というか。時間もあったので蔵の中を片付けていたら、古い面白いものがたくさん出てきて。使えるもの、使いたいものばかりで。けれどあまりにも多くてとても使いきれない、でも捨てるには惜しい、心からそう思いました」
そうだ、酒屋の店先に出してみよう。そう思い立ち、1週間後には並べていた。
その名も「酒屋のミセサキ市」。それが2016年8月、お盆の頃だった。
その後「酒屋のミセサキ市」は、月に一度だけの古物屋として毎月開いた。
そして、その1年後には「古物屋時雨」を始めていた。
時雨オープンまで
「人が出入りして交差する場所を作りたいと思いました。そして、辿り着いたのが古物屋と書道教室でした」
睦子さんはそう話す。
友人のおばあちゃんが以前、日用雑貨や食料品を扱う店をやっていたというこの古い建物を見た時に、ここならやれそう、そう思った。
「学生時代も含めて好きで始めた建築設計の仕事は、うまくいかなくてつらいこともありました。それでもやりきった思いがあり退職し、自分の中で終わりにしました」
新しい店舗の設計やデザインはその集大成、卒業制作のような思いで自ら取り組んだ。
ここからがスタート、店のイメージは出来上がっていたという睦子さん。ひとつひとつに熟慮を重ね、慎重に進めた。
「夏には3年目を迎えますが、今もしっくりきていて、ここはこうすれば良かったという所はありません。大工仕事やペンキ塗りなど店舗の改修作業を含め、たくさんの友人、先輩に助けていただきました。良い友人に恵まれ感謝しております」
筆を持つこと
「書道は小学生の時に習い始め、唯一習い事の中で続いたものです。校長先生に教えを受け、力を入れて指導していただき賞をもらったこともありました。それは子ども心にもうれしく、先生にずっと続けなさいと言われたことが胸の中にあります」
大学生の時に師範の資格を取得した。その後、教えを受けていた郡山市の谷田川にある師匠の教室を譲り受け、副業として書道教室をスタートした。2011年の4月のことで、この教室は現在も続けている。
睦子さんは、筆を持つことは「精神修行のため」と表現する。
「ストイック性を身につけるために毎日筆を持つことを自分に課し、修行僧にでもなったつもりでいます。東日本大震災が起きた日の夜も筆を持ちました。震災後の一時期、書けなくなってしまったという方が多かったのですが、私はあの頃の落ち着かない日々でも毎日書き続けることで救われ、平常心が保たれました」
自分が続けてきた大切な習慣を崩されたくはないという気持ちも強かったように思うと話す。
「今は亡き祖母の、震災のあとも平然といつもの生活を変えずに過ごしていた姿に強い精神性を見たことも筆を持ち続けてこられた理由だったように感じています」
上を目指して上手くなりたいという気持ちは大いにあり、日展に向けての努力もする。けれど書道で何かを表現するということには全く興味がなく、これからもただただ自分を律するためにだけ書き続けていくという睦子さんだ。
何かひとつでも持ち帰っていただけたらうれしい
カウンターのすぐ先、左側に部屋がある。
睦子さんのお気に入りの場所だろうか。窓際のモダンな障子戸が美しい書道部屋だ。
いかにも書道教室のようにしたくはなかったというこの部屋の真ん中には存在感のある大きな机がひとつ置かれている。思わずそこにある椅子に腰をかけ、ひと息つきたくなるような落ち着く空間だ。
少人数で行われるという稽古時の一面黒い書道用の下敷きで覆われる机を前に、姿勢を正し筆を持つ人の姿が目に浮かぶようだ。
時雨では一年を通し、季節の折々で古物市や作家さんの展示会、出張喫茶、音楽会などを開いている。
「この場所は、自分のプライベートな空間の延長と思っているので、お客さまを招き入れ、もてなすような気持ちを大事にしています。来て良かった、と何かひとつでも持ち帰っていただけたらうれしいですね」
睦子さんは雨の日は嫌いではないという。お店の名前は雨のつく言葉を探した。
「時雨には“ほどよい時に降る雨”という意味もあるところに惹かれました。それから、須賀川市にもゆかりのある松尾芭蕉の命日を時雨忌といい、近くの公園へと続く道に“時雨塚の坂”と呼ばれる坂道があること、そんな縁もあって時雨と名付けました」
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古物屋 時雨
〒962-0855 須賀川市守谷舘11-1
13:00〜19:00
月〜水曜
あり
石井睦子書道室
筆文字の基本・実用的な書・ペン字・かな など
月3回
朝稽古の部 木・金曜 10:00〜11:30
夜稽古の部 木・金曜 19:30〜21:00
各回定員4名
mi[a]katoyasaketen.com
2019.02.09取材
文:kame 撮影:BUN