100-FUKUSHIMA Vol.049
まつパン 坂元博子さん
まつパンの小さな小屋
美術館通りから住宅地に入り、ゆるやかな坂を登ると左手に小さなログハウスが見えてくる。
敷地から車道にでる足下に「右見て、左見て」と書いてあるイラスト付きのステッカーが3つ。
窓に貼られた、郡山市立美術館のポスター「くまのパディントン」が似合っていた。
お店の扉を開けるとショーケースにパンが並び、奥には作業場がある。
お客さんが来る度、「こんにちは!」と軽やかな声で迎えてくれる。
店の奥に見えるパンづくりの風景に、わくわくした。
ひとつでもいいからおいしいパンを
小さくとも手に取ると重さが感じられるパン。
淡い焼き色、やわらかさ、しっかりとした噛み応え。噛むほどに甘みが広がって味わい深い。
材料はx国産の小麦粉、白神こだま酵母、砂糖、塩。これらの分量を変えながら、15種類すべてのパンが作られている。
店主の坂元博子さんは、パンやお菓子づくりが好きな子どもだった。
「小学生の頃から、本を見ながらよくパンやお菓子をつくっていました。バンバンとテーブルに生地を打ち付けるような作り方でやっていましたね。できあがりも固めのものだったと思います。知り合いのおじいちゃんが『戦時中に食べたパンみたいで、うまい』そう言ってくれました。大人になってからもパンづくりへの興味が続き、ひとつでもおいしいパンがつくれたらいいと思っていました」
事務の仕事をしていた坂元さんが、パン教室に通い始めたのは、今から15年前。
当時、郡山市内にはイースト菌を使う教室と白神こだま酵母を使う教室のふたつがあり、秋田県の白神産地で見つかった酵母ということに惹かれ、坂元さんは後者の教室へ通うことを決めた。
「その教室でつくったパンがとてもおいしかったんです。教室の生徒同士も仲良くなっていきました」
教室は先生の自宅で行われ、その気軽さが良かったという。
「自宅で作業を教えてもらったことで、家庭用の発酵機やオーブンでパンをつくれることがわかり、少ない投資で店を始めることができました」
パン教室に三年通った頃、教室の先生がお店を出すことになり、店舗設計など店の準備を聞かせてもらったという。
「生徒も先生も仲が良く、みんなで店の設計やメニューなどの話しているうちに、自分もひとりでやってみたいという気持ちになっていきました」
そう決めた坂元さんの行動は早く、パン教室の講師の資格を取るため東京へ行き、取得後は、自宅の台所とリビングを使って、パン教室が始まった。
手を加えて、使いやすく、気持ちよく
パン教室を始めてから、ご主人の薦めもあり、自宅敷地内に専用の作業場を設けることにした。
それが、現在のまつパンの愛らしい小さな店。実は海外製のログハウスキットで、建てられたものだ。
建物の基礎工事は、土木の仕事をされているご主人とそのお仲間が行った。
「もちろん、パン教室の作業場として考えていましたが、この先、教室以外でも自分だけの空間、漫画部屋にしてもいいかなと思いました。読めない英語の説明書に苦労し、図解からなんとか見よう見まねで、組み立てていきました」
それから、約2カ月で小屋が完成。
建物の前にはウッドデッキをつけ、室内に置く既製品の棚も自分たちで物入れを追加し、高さを変えたり、仕切りを付けるなど、手を加えて使いやすく、整えられていった。
しばらくパン教室を続け、パンの販売が始まったのはある日突然だった。
「パンづくりで、会社員だったときと同じぐらいの収入を得るには、販売もした方がいい。そう家族とも話し、思い切ってやってみようとパンを並べ、誰にも言わずにひっそりと始めました。いつもと様子が違うことに、ご近所の道行く人が足を止めて、『どうしたの』と声をかけられましたね」
次第に販売の方が忙しくなり、現在のかたちになっていった。店の名前である「まつパン」は、当時、坂元さんご夫妻が楽しみに見ていたNHKの大河ドラマ「利家とまつ」からきており、その頃、飼い始めたメスの子犬の名前を「まつ」と名付け、そこから店の名前に発展していった。
まつパンのトレードマークの犬が「まつ」だ。
「ホームセンターで見つけたものですが、子どもが多い地域なので通りから店に入るステップの直前に飛び出し注意のポールやステッカーを付けました。お客さんに車椅子の女性がいて、いつも女性は店の脇で待っていて、付き添いの幼い息子さんが買いに来ていました。いっしょに選んで欲しいと思ったので、庭からスロープで店に入れるようにしました」
まつパンには小さなお客様もよく訪れる。パンを買ったおつりを細かくしてもらい、店の端に置いてあるガチャガチャをやっていく子もいる。カプセルには、手のひらに収まるサイズの文房具類が入っている。
そして、その子どもの頭の上で、鳩時計が時を告げる。まつパンの穏やかな日常だ。
待っているひとがいる
「これまで、いつももっとやりたいことが見つかるんじゃないかと仕事を変えてきたけれど、パンづくりはやめるにやめられなくなっちゃって。生活のためもあるけど、待っているひとがいるから」
作業をしながら、そう言って笑った。
「人に教えたり、人を雇うことは自分には向いていなくて。店を始めてから、お客さんとのやりとりも楽しいなと感じて、パンを焼いているときには幸せだなと思ったり。きっとひとりだからいいんです」
坂元さんのパンは、生活の中で作られている。
「朝は4時過ぎから作業を始め、11時のオープンと同時に、今度は明日店に出すパンの準備や仕込みを始めます」
坂元さんは絶え間なく動き続ける。
まつパンは、お客さんを「待つ」のではなく、パンを作っている間に、お客さんが「来る」という感じだ。
「今日は人が来ないな、売れ残っちゃうかなと思っても、次の日はすぐになくなってしまったり。そういうこともあるので、同じものを同じ数だけ、なにがあってもつくる、それを続けることなんだと思います」
この日、私たちは坂元さんの作業の傍らでお話を伺った。その間にもお客さんを迎えたりしながら。
夕方、ご年配のお客さんがみえた。
「大きいパンはある?」と尋ねる。
「ごめんなさい。今日はもう小さいのだけになっちゃったの」
「あら、残念」
まつパンの、おいしさと気持ちがぎゅっとつまったパンを待っているひとがいる。
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まつパン
郡山市緑ケ丘東6丁目12-7
024-942-8930
11:00 – 17:30(パンがなくなるまで)
日・月・火
あり
2019.10.04取材 文:yanai 写真:BUN