100年ふくしま。

vol.010 游彷陶房を訪ねて

2017/05/16

010 游彷陶房を訪ねて

100-FUKUSHIMA Vol.010

游彷陶房を訪ねて

三春町在住の陶芸家 日下部正和さんは、一年の多くを海外で作品作りをしながら世界中に無煙薪窯を築いている。
知り合いの方から日下部さんの作品の力強さを力説され、その一週間後に私たちは日下部さんの工房、游彷陶房(ゆうほうとうぼう)を訪ねることになった。

2017年4月28日、金曜の午後。春の三春町。
工房を探して車を進めると、細い道に入ったところで煙突が見えた。盛大に火が燃え、煙を上げている。
近づいていくと、なにやらにぎやかな声。次第にわかってきたのは、いくつもの日本語ではない言葉だった。
窯の前には、作業着姿の外国の方々と思しき人たちがおり、その中心に、日下部さんがいる。
「Half!Half!」
嬉々とした表情で窯に薪をくべる人たちに、日下部さんが指示をだす。
突然入ってきた私たちに、彼らは驚くでもなく、ごくごく自然に「こんにちは」と言いながら、手招きで窯の前まで連れて行ってくれた。
言葉はわからないのだが、「火をよく見てみなさい」という。ジャスチャーを交えて「荷物は棚に置いていい」という。
何の集まりなのかはわからないまま、窯に薪をくべる作業を眺めていた。

工房の煙突

先生のこと、陶芸のこと、三春町のこと

「今日は、日下部先生が作った無煙薪窯を使ったワークショップなんです」
アメリカ、サンフランシスコから来た、渕上道子さん。
その日唯一、日本語が話せる参加者であり、初めて訪れた私たちに、先生のこと、陶芸のこと、三春町のことを話してくれた。
お茶の先生でもある道子さんは、ご自身も作家活動をしており、普段は主に茶陶や水指を作っている。今回のワークショップの為に、30〜40点の作品を準備してきたという。
「ここで作る焼き物は、灰釉を使う最も古い作り方です。使用する薪、気温、湿度などの条件で出来が大きく変わっていきます。良くできるのは全体の3割程度で、焼き上がりには繊細な表情が見られます。サンタローザの大学で、先生のクラスを受けてからもう10年近くの付き合いになるでしょうか。先生が作るものに、慈愛というものを感じるのです。いつも喜んで作っていて、先生が持っているものや新しい技術さえ、どんな人にも惜しげ無く教えてくれます。だから、先生のもとに集まる人達はやさしいんですね。今回のワークショップもこれから陶芸をやっていこうという、若い人たちのために開催されました」
日下部さんがSNSでワークショップの開催を呼びかけ、世界各地の生徒が集まった。今回は、中国、台湾、シンガポール、オーストラリア、トルコのキプロス島から来た方々。
先ほど薪をくべていた窯は、日下部さんが築窯した無煙薪窯。昨年、東京の美術大学の室内にも築窯し、完全燃焼で早く焼き上げ、環境にもやさしいのだという。
話しを聞いて納得した。
煙は上がっていたものの、近くに寄っても咳き込むとか目が痛くなるということが全くなかったのだ。
「みんな、ここに来て初めて会う方々です。若い子たちは一ヶ月前から、ここに滞在して寝食をともにしています。窯焼きは一晩中、火を絶やしてはいけないので、夜も当番で燃やしています。焼き物は、みんなで協力してやるから楽しいのです。国も違う初めて会った人達と、こうやって楽しく作品作りができるのは、それぞれが思いやる心を持っているからでしょう」
震災後初めて三春町を訪れた道子さんは、町を歩いて何度も涙してしまったという。
「新しい店ができて、若い人たちががんばっていますね。もう充分だから、がんばってとか、がんばろうは言わないことにしたんです。それぞれが毎日、ハッピーに過ごせるようにと思います」
話しながら思い出し、道子さんはまた涙していた。

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右:4月20日の桜が満開の頃に三春町へきた、渕上道子さん。
左:3ヶ月前から三春町に滞在し、日下部さんのアシスタントをしてるオーストラリアから来たスコットさん。工房を訪れた私たち にこんにちはと手を振り、帰りにも、庭の洗濯物を取り込みながら手を振って私たちを見送ってくれた。

海の向こうから見るフクシマは

集合写真を撮り終え、工房へ戻るとき。ふと訊いてみたくなった。
「海の向こうから見たフクシマは、どんな印象なんですか」
難しい話しがしたかったわけではなく、本当に何となくのつもりだった。
道子さんは、近くにいたメンバーに英語で訳してくれ、あっという間に返ってきた言葉は「Nice!」だった。
ひげをたくわえ、大きな身体をしたその人は、穏やかにとんでもなく優しく、そう言ってくれたため、私は自分でもびっくりするほど安心してしまい、ありがとうと言った後はもうそれ以上のことを訊ねることはしなかった。
本当に充分だと思った。

最後に、道子さんが話してくれたことを残しておく。
震災の後の暮らしには、いろんな考え方があって良いと思う。
ここに来てわかったこともたくさんあった。
それぞれの国にも環境の問題はあるから、福島だけに限ったことではないの。
福島へ行くことを、家族に心配されたという人もいたけど、みんなそれは気にしてない。
三春町にいる日下部先生に会って、陶芸をしようって思った。
私たちは、その時々に、自分が良いと思ったことをする。
ただそれだけだと思います。

帰りの車内は、ほくほくと満足した気持ちであった。
工房へ向かう車内は、なぜかくよくよとした話しをしていたというのに。

その時々で、自分が良いと思ったことをしよう。
今日会った人たちが家に帰るときにも、似たような心持ちであるといい。
そして、次は日下部さんにお話しを伺えるのを楽しみにしている。

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左上:日下部正和さん。この日は、休憩時間に仮眠をはさみながら、参加者に窯の扱いを教えていた。
下:ワークショップに参加された方々。窯の前では薪をくべる当番の方々が、音楽に合わせて身体をゆらしながら楽しそうにしていた。

– – –
游彷陶房
福島県田村郡三春町込木柳ケ作69

2017.04.28 取材
文:yanai 撮影:BUN

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