郡山全集|植物の力
043 樋渡章浩さん、育江さんご夫妻 「デュフィ」
Dufy(デュフィ)は、フランスの画家の名前です
オレンジの扉が印象的なフラワーショップDufy(デュフィ)は、フランスの花屋さんを思わせるお店だ。
2007年7月にオープン以来、絵を飾るように花を飾ってほしいという思いを込め、ミュゼ・ドゥ・ラ・フルール・デフィ、花の美術館のような空間をめざす。
お店を営むのは、樋渡章浩(ひわたりあきひろ)さん、育江さんご夫妻。扉を開けると素敵にディスプレイされた花々と、二人の明るい声と笑顔が迎えてくれる。
育江さんが一枚の絵を見せてくれた。フランスの画家、ラゥル・デュフィの作品で「30歳、バラ色の人生」というタイトルがついている。
「パリの美術館で、はじめてこの絵に出会い強く惹かれました」独特の明るい色彩と軽快な線で描かれたバラの花に魅せられたという。
「それ以来、デュフィの絵が大好きになり、お店の名前にもつけてしまいました」と笑う育江さんは、オレンジ色のバラの花のような女性だ。その豊かな笑顔で話しかけられると身体の真ん中あたりがあたたかくなる思いがする。そんな育江さんを傍らでにこやかに見守る章浩さんだ。
花はもともと美しい、
一本一本がそれだけできれいなもの
章浩さんは千葉県出身だが、東京生活が長く自称江戸っ子と言う。高校は園芸科を卒業した。
「シクラメンやポインセチアを栽培していました。実のなるものを育てるのは楽しかったですね。メロンの収穫時期は家族にも喜ばれました。このメロンが美味しくてね」いつも長靴をはいて、クワをかついで畑に出ていましたと笑う。
フローリストとして都内の一流ホテルやイベント会場に出向いて仕事をしていた頃に、同じ職業で活躍していた育江さんと出会う。
何度か二人で同じ場所で仕事をすることがあり、互いの感性に惹かれていつしか一緒に歩くようになったという。
その頃の先輩に教えられたことがある。
花はもともと美しい。一本一本がそれだけできれいなものなのだと。
だからこそ花は組み合わせによって変化していく。何の花でどんな色を合わせていくか、そのバランスとイメージを表現していくことが大切だという。
「花屋さんになりたい」
小さい頃の母の日の思い出が原点
母親から聞かされた話なんですが、と章浩さんが話してくれた。
「僕には二人の弟がいるのですが、5歳の頃に3人とも行方不明になったことがありましてね。母の日だったんですけど、いつのまにか家にいなくなって母が必死で探したらしいんです。もう髪振り乱してね。そしたら3人で花屋さんに行ってたんですね、100円か150円ぐらいのお金を持って。お店の人にどの花がいいか聞かれて黄色い鉢物の花がほしいって。もちろん持っているお金では買えない。すると花屋さんが、そのお金で譲ってくれたんですね。3人の顔とその花を見て、お母さん、涙があふれたのよって。僕が成人してから話してくれたんですが、自分はあまり憶えていないんですよ。でもね、こうして花屋さんになったのは、あの時のことが潜在的にあるのかもしれないな」
花屋さんに親切にされたことへの感謝。自分たちを必死でさがした親の思い。そして黄色い鉢植えの花を見たときの母の涙。大切な宝物のような思い出だ。
ひとりのお客さまのために。花に込める思い
自分の挿した花を大勢の人に見てもらうことへの喜びとその思いは、やがてひとりのお客さまのためへとつながり変化していく。
「お店を開いて良かったのは、お客さまと直にお会いできることです。ご来店いただいたお客さまと直接お話をしながら、どこまで花でその人に近付けるかお客さまの立場に立ってアレンジしていく。選ぶ花はその人のイメージで決めていきます」
花一本でも気持を込めてその人のために選び、表現したいと章浩さんは言う。
花のアレンジは二人ともそれぞれに違う。
「どう違うかは言葉にできない。この花のとなりにはこの花は置かない、というような自分なりのルールのようなものがお互いにあるのかな」そう問いかける育江さんに章浩さんがゆっくりと頷いた。
市場からの仕入れは、育江さんが担当している。
「週に3回、花市場に行きます。市場からお店に来たいろんな花の一本一本をお客さまに伝えてお渡ししたいですね」
花は、今までもこれからもずっと自分たちの側にあり、生活に欠かせないもの、無くてはならないものだという。自分の好みの花をたくさん仕入れて花に埋もれていたいと微笑んだ。
2009.01.10取材 文:kame 撮影:kaswauchi